D&D® の歴史

はじまりはウォー・ゲーム

まずはじめに,RPG がどうやって生まれたかを説明します。といっても,Dungeons & Dragons(R) が世界で最初の RPG であるため,RPG の誕生=D&D の誕生ということになります。

RPG のもととなったのは,シミュレーション・ゲーム,とくにミニチュアのフィギュアを用いたウォー・ゲームです。一般的な,たとえば国際関係などを扱ったシミュレーション・ゲームでは,ゲームのプレイヤーは仮想の国家の指導者の 1 人となり,ユニット(駒)やヘクス・シート(地図やゲーム盤)を使って,ゲーム内のさまざまな国家的課題に取り組みます。いっぽう,ミニチュア・ウォー・ゲームというのは,実際に起こった戦闘や空想上の戦い,とくに局地的な小競り合いを,鉛でできたミニチュア・フィギュアやジオラマを使って再現するゲームです。ここではプレイヤーは,戦闘中もしくは戦いに臨まんとする軍隊の指揮官となります。ミニチュア・ウォー・ゲームの舞台は,古代から現代,未来,さらには神話上の世界とさまざまで,さらにそこで扱う戦闘も陸戦,海戦,空中戦,宇宙船など多岐にわたっています。

ミニチュア・ウォー・ゲームを最初に行ったのは,H. G. ウェルズ(ご存じない方へ――SF 作家です。1946 年没)であるというのが定説です。ウェルズは,第一次世界大戦の数年前に“Little Wars”という,ミニチュアを使ってウォー・ゲームを行うための簡単なルールを記した本を書いています。ですから,ミニチュア・ウォー・ゲームの歴史は半世紀にも及ぶということになります。当然のごとく数十年前から,こうしたゲームで遊びたいというプレイヤーたちは,サークルを作ってそれぞれ気に入ったゲームをプレイしていたわけです。

そういったサークルの 1 つに“Castle & Crusade Society”というサークルがありました。このサークルでは,ゲームの背景を中世ヨーロッパとして,毎回のゲームを連続したものとしてプレイする「キャンペーン・ゲーム」というものに取り組んでいました。そして,このサークルのメンバーの 1 人が,D&D のオリジナル・デザイナーである Gary Gygax(ゲイリー・ガイギャックス)でした。彼は 1970 年,同人誌“Domesday Book(註:名前の由来は中世イギリスの土地台帳。ウィリアム I 世が 1086 年に作らせたもの)”にキャンペーン・ゲームの舞台である空想世界の 1 つ“Great Kingdom”の地図を掲載しました。この世界の人気が高かったため,彼は続く 1971 年に,サークルのメンバーと協力して,中世からルネッサンス時代の戦闘を再現する“Chainmail”というゲームを作り,Guidon Games(Gygax らが設立した会社)から発売しました。

このゲームのルールには,第 2 版になると,中世のゲームにファンタジーの要素を加えるための追加ルールである「ファンタジー・サプリメント(supplement:補足,追加)」が付属していました。このサプリメントにより Chainmail には,剣で恐ろしい怪物をなぎ倒す英雄,あらゆることを指一本動かすだけでやってのける魔法使い,口から灼熱の炎を吐く竜,人間の胴体ほどもある棍棒を振り回す巨人などが登場するようになりました。

また,それまでのミニチュア・ウォー・ゲームでは 1 つのミニチュアは 10〜100 人を表していたのに対して,“Chainmail”では 20 分の 1 スケールのミニチュア 1 つが人間 1 人を表すようになり,そのための「個人戦闘ルール」も含まれていました。さらにこのゲームのルールには「建物の中での戦いでは紙と鉛筆を用いて地図を書きながらゲームを進めるとよい」とも書いてありました。それだけでなく,キャンペーン・ゲーム進行にともなう経験の蓄積とキャラクターの成長,という概念も取り入れられました。

世界で最初の RPG

Gary Gygax と当時大学生であった David L. Arneson(デイヴィッドまたはデイヴ・アーンソン)は,多くの追加ルールを整理して新しいゲームを作るために,議論とテスト・プレイを繰り返しました。その際に用いられた背景世界“Great Kingdom”は“GREYHAWK”と名を変え,現在でも Advanced Dungeons & Dragons(後述)のキャンペーン・ワールドとして商品展開が行われています。そして,1974 年 1 月,ついに 世界で最初の RPG,Dungeons & Dragons(R) が発売されました。これは 1 年間で 1,000 部を売り上げ,現在では「コレクターズ・エディション」と呼ばれています。

翌年の 1975 年になると,追加の世界設定資料として前述の“GREYHAWK”と“BLACKMOOR(こちらはデイヴ・アーンソンがデザインしました)”が発売され,その後も続々と追加ルールなどが刊行されました。しかしやがてその追加ルールはあまりにも膨大なものとなってしまい,すべてのルールを採用すると元のゲームがなんだかわからない,という状況になってしまいました。そこで彼らは,ごく基本的なルールでのみ構成された Dungeons & Dragons(R) と,より細かくリアルなゲームを分離して,後者を Advanced Dungeons & Dragons(R) という新しいゲームとして発売しました。これ以後 D&D と AD&D は,ルールに関しても背景世界に関してもまったく別の道を歩むことになりました。

AD&D と分離した D&D は,初心者でも手軽に楽しめるようにステップ・アップ形式のルールを採用していました。最初に購入するべき Basic Rules では,経験の浅い(=レベルの低い)キャラクターと弱いモンスター,それに建物内での冒険を扱っています。キャラクターのレベルが上がり,Basic Rules では足りなくなったプレイヤーは,Expert Rules を購入します。Expert Rules ではさらに強力になったキャラクターとモンスターに加えて,屋外での冒険に関するルールが決められています。何年か遊んで Expert Rules も遊び尽くした人には Companion Rules が待っています。このルール・セットを購入すれば,キャラクターは土地の支配者になったり,大軍を指揮したり,異世界へ旅したりできるようになります。その後も Master,Immortal といったルールが発売され,どこにでもいるような若造が,最終的には神と等しい存在となることができるようになりました。

また,Basic Rules ではゲームの背景世界といえば 2,3 のダンジョンと NPC だけでしたが,Expert Rules ではキャラクターたちの冒険の拠点となる街の全体像があきらかになりました。さらに,続々と発売されるシナリオ集によっても背景世界は広がっていき,Companion Rules では冒険の舞台となる大陸の地図が掲載され,他の次元への旅についても触れられるまでになりました。しかし,ワールド細部の設定に関しては依然として個々のシナリオ集に頼るほかはなく,世界そのものを解説したサプリメントの登場が待ち望まれるようになりました。

さらに広がる世界

そして,全 D&D プレイヤーの要望にこたえるべく,1986 年には多くのページを背景世界の解説に割いたシナリオ集「B10 Night's Dark Terror」が登場し,さらに翌年の 1987 年には,B10 の舞台であった「カラメイコス大公国」の設定資料である「GAZ1 The Grand Duchy of Karameikos」が発売され,ようやく D&D にも確固たる背景世界が確立されました。GAZ(gazetteer,ガゼティア,地名辞典という意味)シリーズはその後も順調に出版されつづけ,カラメイコス大公国を取り巻く個性あふれる国々についても冒険を行うのに十分な情報が提供されました。

1990 年になると,TSR, Inc. は何を思ったか「今まであなたたちが冒険していた惑星は,実は中空であり,内部にも新たな世界が広がっている」と言い出しました(ああ,プレイヤーの方は今すぐ忘れてください)。これが「The Hollow World campaign setting」です。ハロウ・ワールドを舞台としたシナリオ集や,ハロウ・ワールドの国々の設定資料集も何冊か発売され,それなりの人気もありましたが,やはり非常に特殊な場所であるため(詳しくは読んでいただかないとわかりませんが),それほどの盛り上がりは見せなかったようです。

1991 年は,D&D にとって小さいながらも転換点となる年でした。まず,これまでに出版された Basic から Immortal までのルールブック,それに GAZ シリーズで導入された追加ルールなどを 1 冊にまとめた「Rules Cyclopedia」が出版されました。このおかげで,これから D&D を始めようという人は,山ほどのルールブックを探してお店をうろつく必要はなくなったわけです。ただ,この「Rules Cyclopedia」は 300 ページ以上もあり,はじめて RPG をやろうという人間がおいそれと手を出せるものではありませんでした。また膨大な量のサプリメントゆえ,このころになると古参プレイヤーと新規プレイヤーの間に大きな知識の格差が生まれるようになってきました。そこで TSR, Inc. は,入門用 D&D ともいえる「Dungeons & Dragons Game」というボックスセットを発売したのです。このセットは「とりあえず D&D を何度か遊んでもらう」ことを主目的としたもので,キャラクターのレベルは 5 までしかなく,そのかわり入門シナリオやペーパーフィギュア,ポスターマップなどが付属した意欲的な作品でした。また,この「D&D Game」にあわせて,「Thunder Rift(雷鳴峡谷)」という背景世界を新たに用意し,そこを舞台にしたシナリオ集も新たに何冊か出版されました。ただ,これらがどのような評価を受けたのかについては,残念ながら聞き及んでいません。

そして AD&D®

複雑になった D&D が AD&D として枝分かれれしたことは先ほど述べましたが,その AD&D はさらに成長を続け,1980 年代後半に入るころにはルールは非常に膨大な量になっており,プレイヤーが肥大化したルールの全貌を把握するのは困難になってきていました。そこで TSR, Inc. ではそれらのルールを再び整理して,基本ルールとオプション・ルールの区別を明確にして体系づけた Advanced Dungeons & Dragons(R) 2nd Edition を製作し,1989 年に発売しました。

このわかりやすくなった 2nd Edition は,AD&D こそが世界最高峰の RPG であると断言するに足るものでした。いつのまにか AD&D のプレイ人口は D&D のそれを凌いでおり,TSR, Inc. としても AD&D を主力製品とするのは当然のことでした。このころから D&D の製品には“It is adapted to the AD&D 2nd Edition(この製品は AD&D 第 2 版に対応しています)”という一文が記されるようになりました。そうして,1994 年には D&D の背景世界は AD&D に移植され,Mystara(ミスタラ)という名を与えられました。これを最後に D&D のサポートは打ち切られ,D&D は AD&D へと完全に移行することとなったのです。


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