魔法に生き,魔法に死す
――それこそわがさだめ

晩春のアンサロン。港湾都市バリフォールの仕立て屋に生まれた魔術師アンティモーズは《白ローブ党》の党首にして《魔術師評議会》の議長,そして彼の友人でもあるパー・サリアンに請われて,ウェイレスの《上位魔法の塔》へと向かっていた。1 人で旅をすることを好む彼の連れは,ロバのジェニーだけだ。塔までもう少しというところで,彼はソレースの町に立ち寄ることにした。というのも,彼は《憩いの我が家亭》とその主人のオティック・サンダスが,そしてなにより彼の作るエールが,ことのほかお気に入りだったのだ。昼下がりの宿の食堂で,丘ドワーフとウェイトレスのお喋りに耳を傾けながらくつろぐアンティモーズのもとに,さきほど宿の前で出会った黒髪の少女がやってくる。少女のぶしつけな物言いに腹を立てる魔術師。

「キティアラ…」心配したオティックもそばに来た。「この方は私のお客さんなんだよ。そんなことを言うのはどう考えたって…」

若い女性は日焼けした両手をテーブルについて,身を乗り出してきた。アンティモーズは,この押しつけがましい態度に対して本気で腹が立ってきた。彼はふたたびその女性に注意を向け,同時に――彼もまた人間なのだから当然のことではあるが――革のベストに隠れた胸のふくらみにも目が行ってしまった。

「魔術師になりたいって人を知ってるの」娘が言った。激しく,そして真剣な口調で。「何とかして手伝いたいんだけど,なにをどうすればいいのかわからなくて」彼女は苛立ちを示すかのように手をあげた。「どこに行けばいいの? 誰に会えば? あなたなら知ってるはず」

彼女の真摯な態度に心を打たれたアンティモーズは,魔術師になりたいという人物のことを尋ねる。その人物は,彼女の弟で,なんとまだ 6 歳で,さらにはちょっとした手品ができるだけだという。少年を連れてくると言い残して彼女が去ったあと,腰を上げようとしたアンティモーズは,丘ドワーフの楽しむような視線に気づき,意地でも逃げ出すものかと決心する。そして彼は出会うのだった。快活で陽気な兄に連れられた,幽鬼のようにやせこけた少年に。

少年のしっかりした口ぶりに驚いたアンティモーズは,少年の母が魔法の才を持ちながら不遇の人生を送っていること,キティアラがもうじき彼の面倒を見られなくなることなどを考え合わせ,彼を魔法学校へ入学させることにする。

「よくお聞き,レイストリン」アンティモーズが言うと,レイストリンは口を閉じ,身じろぎをやめた。アンティモーズは悟った。この会話は,大人が子供に言い聞かせるといった類いのものではない。我々は対等な立場で話をしているのだと。「魔法はきみの悩みを解決してはくれない。増やすだけだ。魔法のおかげで人に好かれることはない。むしろ不信を被ることになる。魔法は苦痛を和らげてはくれない。魔法はきみの中でのたうち,燃え盛る。時としてそれは,死んだほうがましとさえ思えることがある」

そこでいったん口を閉じると,アンティモーズは少年の手を固く握り締めた。その手は,まるで熱病にかかったように熱く,乾いていた。はたしてこのような説明でわかってもらえるのだろうか。魔術師は心の中で思っていた。遠くでは,鍛冶屋が鉄を打つ音が鳴っていた。通りの向こうから聞こえてくるその音を聞いて,あるたとえが浮かんだ。

「魔法使いの魂は,魔法の炉で鍛えられる」アンティモーズは言った。「きみは自ら炎の中へ飛び込むことになる。ひょっとしたら焼き尽くされてしまうかもしれない。だが,生き延びれば,ハンマーのひとうちひとうちが,きみという存在を形作っていく。そして,きみが流す汗と涙のひとしずくが,魂を鍛え,力を与えてくれるのだ。わかるかね?」

「ええ,わかります」少年は言った。

魔法学校でのつらい日々。愚かな兄に対する苛立ち。両親との別れ。そんな中にあって,決して彼を裏切らないもの――魔法。そして訪れる《大審問》の日。はたして彼の魂は,彼の内なる業火に焼き尽くされてしまうのか――。

というわけで,レイストリンファンなら必読の本書ですが,レイストリン嫌いな方もご心配なく。ちゃんとスタームもタニスも,それにタッスルもフリントも出てきます。タニスとフリントとタッスルの出会い,なんてのもなかなか興味をそそりませんか? あくまで外伝として楽しむべき本書ではありますが,これを読んでから「戦記」「伝説」を読み返すと,きっとまた違った楽しみが得られることと思います。


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