海賊版に思うこと

さて。僕がこれから書こうとしている文章は,鬱憤晴らし以上のなにものでもない。おそらくこの文章を読んだ人の多くが程度の差こそあれ不愉快な思いをするのではないかと推測できる。いいわけをする気はない。ただ,ほんの数人でも,僕の言葉に共感してくれる人がいればそれでいい。では,始めよう。

僕は今年の夏,長年住みなれた名古屋から兵庫県に引っ越すことになった。これはつまり,東京ビッグサイトへの往復に要する時間と費用が 3 時間と 1 万円ばかり増すことを意味する。そういったわけで今年は夏のコミックマーケットに遊びに行かなかった。そのかわり,知り合いに電話をして「D&D 関係でめぼしいものがあったら買っておいてくださいな」と頼んでおいた。

数日後,その知り合いが買ってきた品物を見せてもらった。その品物の中に,僕が見つけたもの。2 枚の CD-ROM。タイトルには「ひみつの B ディスク」および「ひみつの X ディスク」とあり,それぞれ D&D 第 4 版のベーシック・セットとエキスパート・セットの箱絵が印刷されていた。そして,その上に重ねて印刷してある文字列。B シリーズと X シリーズのモジュール・リスト。

まさか,と思った。そんなばかな。とりあえず値段を聞いてみる。1 枚 3,000 円。出品者は北海道か沖縄から来ているのであろうか? たしかにコミケに来るのは金がかかる。いや,問題はそういうことじゃない。これは…その…やはり…「そういうこと」なのか?

注意書きには「PDF ファイルなので Acrobat Reader が必要云々」とある。ということは,きっとモジュールをスキャナで読んで OCR でテキストを抽出して,レイアウトなんかをやり直したんだろうな。ま,やっていることはどうあれ,その労力には脱帽だ。なにはともあれ中身を見てみようか。

CD-ROM をドライブに挿入し,適当にフォルダを開いて,PDF ファイルをダブルクリック。待つこと数秒。…ああそう,そういうことなのね。まあそんな気もしてたんだけど。まさかとは思ったけどあるんだね,こういうこと。そう,それはモジュールをスキャナで読みこんだだけの画像ファイルだった。

「ふざけんなあっ!」

断っておくが,僕も自分のウェブサイトに原作者に無断で翻訳した文章を掲載しているから,まっとうに生きている人から見れば「あんただってたいして変わらんじゃん」と思われるのは承知している。CD-ROM を作った連中(いいんだ,これぐらいの扱いで)だってきっとそう考えていたのは想像に難くない。ああ,まさにそのとおり。五十歩百歩とでも言うのかな? 僕だって同じ穴のむじな…なんて納得できればこんな文章を書いたりしない。

繰り返すが,べつだん僕は自分だけが正しくて CD-ROM の作者が間違ってるなんて主張するつもりはない。そんなの「社会の正義」の前では単なる戯れ言だ。わかってる。わかってるけど…それでも言わずにいられない。「こいつら,最低だ」

こじつけでよければ理由はいくらでも考えられる。思い出したくもないような苦労と出費を重ねて全部のモジュールをそろえた人がこの CD を見た時の虚脱感。決して出来がいいとは言えない新和版の拡大再生産という害悪。他の出品者の(虫けら並みかもしれないが)プライドを踏みにじる行為。そう,違法だろうがなんだろうが,みんなそれなりの知的努力の結果を出品しているのだ。市販品では得られない情報を盛り込もうとして四苦八苦しているのだ。それを…こともあろうに丸写し? 冗談じゃない。

ああ,もうわかってる。僕の主張は,空き巣が殺人犯を非難しているようなものだってこと。どっちにしたってまっとうな社会にはあってはならないものだってこと。でも,でもやっぱり言わずにおれない。「僕は人殺しだけはしないぞ」って。

…と感情論だけでは少々面白みに欠けるので,少しは理屈っぽいことも話しておこうか。D&D のサプリメントに限ったわけじゃないけど,出版物っていうのはいろいろな形でオリジナリティを持っている。その「情報としての」内容はもちろんだし,レイアウトや表紙,細かく言えば文体とかフォントなんかもオリジナリティを構成する要素だろう。で,いわゆる「違法翻訳」を出版している人たちっていうのは,「どうやればオリジナルを超えられるか」と日々頭を悩ませている。翻訳という行為からして,未知の言語を母国語に変換して情報の価値を飛躍的に高め,オリジナル以上の価値を作り出すということにほかならない。また人によっては「日本では B5 のほうが馴染み深いから版型はこちらにしよう」とか「原書はまるで学術文みたいなレイアウトだから,もっと大胆に見出しをあしらってみよう」とか工夫するわけだ。

ここで彼らは 1 つのジレンマに直面する。オリジナルを超えたものは,オリジナルでないがゆえにその価値が下がってしまうのだ。当然と言えば当然のことなのだが,このジレンマを乗り越えて,真の意味での「オリジナル以上」を達成した作品はごくわずかだ。だがしかしそれでも,オリジナルと同じ物を作って,オリジナルと同じ価値を持たせようなんてことは誰も考えない。だって,そんなことをしたら「自分が」その作品を手がけたことに何の意味もなくなってしまうからだ。もちろん同時に,原作者の原作者たるゆえんも失われてしまうことになる。さらにいえば,オリジナルに価値を見出していた人々の財産を奪うことにもなるだろう。

#なんかふと iMAC と e-one の騒ぎを思い出したな。

だから,というわけではない。理屈はどうでもいい。とにかく,僕の中の(ごくちっぽけなものだが)人間としての部分がこう叫ぶ。「こんなやつらがいちゃいけない」って。もしこれを読んでいる人で,CD-ROM の作者を知っている人がいたら,その人にあなたの持てる限りの愛と友情を込めて言ってほしい。「どうせなら,誤訳とか修正してレイアウトももっと見やすくして,あと簡単なリプレイとかプレイ時のアドバイスとか追加してみたら? ついでに,原書を持っていない人は見られないようにパスワードなんかかけておけばいいんじゃないかな」って。

…え? こんなしょーもないオチだとは思わなかった? こりゃ失礼しました。建設的でいいと思うんだけどなぁ。

で,しつこいくらいに言っておくけど,「おまえにはその連中を非難する資格はない」だの「何いってやがるこの犯罪者が」とかそういう感想はもらっても即刻ゴミ箱行きなのでよろしく。自分がわかっていることを人からくどくど言われるほどいやなことはないでしょう?(言われないようにするのがまっとうな大人だって? ま,いつかはまっとうな大人とやらになってみたいものですな)

以上!


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